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東京地方裁判所 平成4年(ワ)15645号 判決 1993年11月19日

原告

廣瀬長藏

被告

株式会社サンルース東京販売

右代表者代表取締役

瀧波勇

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇五万〇八九八円及びこれに対する平成四年八月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、家庭用品、日用品雑貨の販売等を業とする会社である。

2  原告は、平成二年七月、報酬二〇万円の条件で被告に入社し(以下「本件契約」という。)、平成四年七月被告を退社した。

原告と被告は、本件契約締結の際に作成した原告の勤務条件に関する覚書(以下「本件覚書」という。)において、「社宅の家賃は月額三万円会社が負担する。」、「業務に関する交通費等の実費は会社が負担する。」との合意をした。

3  報酬について

被告は、原告に対し、平成四年二月支給分から同年四月支給分までについて各一〇万円、同年五月支給分から同年七月支給分までについて各五万円を支払ったのみで、報酬残額合計七五万円を支払わない。

4  家賃立替金について

(一) 被告は、本件契約締結以降、社宅である都内マンション(以下「本件マンション」という。)の家賃として、原告の報酬からの天引分五万円と被告負担分三万円を合わせた合計八万円を賃貸人に支払っていたが、平成三年一〇月分以降の家賃を滞納した。そのため、原告、被告及び賃貸人は、平成四年二月一九日、三者間の合意により被告と賃貸人間の賃貸借契約を合意解約するとともに、原告と賃貸人間で従前と同一の賃貸条件であらためて賃貸借契約を締結した。

(二) 原告は、賃貸人に対し、平成四年二月分から同年七月分まで毎月八万円の家賃を支払った。

(三) 本件契約締結の際に作成した本件覚書中の「社宅の家賃は月額三万円会社が負担する。」との条項(以下「本件条項」という。)は、本件マンションを社宅扱いにするか否かにかかわらず、本件マンションの家賃の一部三万円を被告が負担する趣旨のものであると解されるところ、被告は、原告に対し、平成四年二月分から同年七月分までの六か月分合計一八万円を支払わない。

5  出張旅費について

(一) 原告は、平成三年四月、被告のために大阪、加古川、福山、福岡に出張した。

(二) 原告は、右出張旅費(交通費及び宿泊代)六万〇八九八円を立て替えて支払った。

6  将棋免状料について

(一) 被告は、原告に対し、日本将棋連盟が代議士秘書興水(以下「興水秘書」という。)に三段免状を授与するように取り計らうことを依頼した。

(二) 原告は、右(一)の依頼を履行し、これに基づき、日本将棋連盟は、興水秘書に対し、三段免状を授与した。

(三) 原告は、平成二年一一月六日、三段免状授与の費用である将棋免状料四万五〇〇〇円及び推薦者への謝礼一万五〇〇〇円の合計六万円を立替支出した。

よって、原告は、被告に対し、本件契約に基づく報酬七五万円、家賃立替金一八万円、出張旅費六万〇八九八円、委任事務処理費用請求権に基づく将棋免状料六万円の合計一〇五万〇八九八円及びこれに対する支払命令送達の日の翌日である平成四年八月二九日から支払ずみまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認めるが、原告が被告に対し七五万円の報酬請求権があることは争う。

4  同4(一)の事実は認め、(二)の事実は不知。同(三)の事実は認めるが、本件条項が、本件マンションを社宅扱いにするか否かにかかわらず、その家賃の一部三万円を被告が負担する趣旨のものであることは争う。本件条項の文言に照らせば、本件マンションの賃借人名義が平成四年二月に被告から原告個人に変更され、本件マンションが「社宅」でなくなった以上、被告は、原告に対し、同月分以降の負担義務を負うものではない。

5  同5及び同6の各事実は不知。

三  抗弁

1  報酬について(報酬変更の合意)

(一) 被告と原告は、平成四年一月七日、原告の報酬を固定給月額一〇万円とし、月額売上実績が三〇〇万円を超えた場合には二〇万円とする旨の合意をした。

(二) 更に、被告と原告は、同年四月一三日、同年五月支給分から原告の固定給を月額一〇万円から五万円に減額する旨の合意をした。

(三) 原告の月額売上実績は、同年二月以降、三〇〇万円を超えたことがなかった。

2  家賃立替金について(負担しない旨の合意)

被告と原告は、平成四年二月頃、原告の勤務実績が悪かったので、本件条項に基づき被告が毎月負担していた本件マンションの家賃の一部三万円を平成三年二月分以降は負担しない旨の合意をした。

3  出張旅費について(弁済)

被告は、平成三年四月三〇日、原告に対し、出張旅費六万〇八九八円を支払った。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)及び(二)の各事実は否認し、同(三)の事実は認める。

2  同2及び3の各事実は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  被告が、家庭用品、日用品雑貨の販売等を業とすることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、平成二年七月、報酬二〇万円(毎月一五日締め当月末日払い)の条件で専務取締役として被告に入社したこと、その際に作成された本件覚書中の「経費の負担」の項に「社宅の家賃は月額三万円会社が負担する。」、「業務に関する交通費等の実費は会社が負担する。」と記載されていたこと、原告は、平成四年七月二五日の勤務を最後に被告を退社したことが認められる。

二  報酬について

1  被告が、原告に対し、平成四年二月支給分から同年四月支給分までについて各一〇万円、同年五月支給分から同年七月支給分までについて各五万円を支払ったのみであることは、当事者間に争いがない。

2  被告は、平成四年一月七日、同年二月支給分から原告の報酬を固定給月額一〇万円とし、月間売上実績が三〇〇万円を超えた場合には二〇万円とする旨の合意をしたと主張し、これに沿う佐藤雄一作成の陳述書(<証拠略>)が存在し、(人証略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、被告は、原告に対し、平成四年一月頃、報酬形態を歩合給及び固定給に変更したいとの提案をし、原告も右提案に賛成する旨の意向を示したことが認められる。

しかしながら、他方で、(人証略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告が右提案を承諾した際、原告の報酬形態変更の合意の重要な要素である歩合給の具体的な基準及び内容について、原告と被告間で何らの取決めがされなかったことが認められ、佐藤雄一作成の陳述書(<証拠略>)中の右認定に反する部分は、同人の証言とも矛盾する首尾一貫しないものであって、およそ措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、この事実によれば、被告からの右提案に原告が賛成する意向を示したという事実があっても、原告と被告間で原告の報酬形態を変更する確定的合意が成立したと認めることはできないから、被告の前記主張は採用することができない。

3  また、被告は、平成四年四月一三日、同年五月支給分から原告の固定給を月額一〇万円から五万円に減額する旨の合意をしたと主張する。

しかし、成立に争いのない(証拠略)、原告本人尋問の結果(第一回)及び(人証略)によれば、被告の代表取締役は瀧波勇であるが、株式会社サンルースの代表取締役であり、かつ被告の取締役でもある佐藤雄一が被告の経営に関し実質的権限を有していたこと、原告は、平成四年四月頃、右佐藤に対し、月額五万円の報酬で被告に週一、二回出勤することにして、友人の会社に勤務したい旨を申し出たこと、これに対し、右佐藤は、原告の枚方市所在の自宅を拠点にして近畿地方を中心に営業活動を行うことを提案し、原告も右提案の実現が可能であれば、これに従う旨の意向を示したこと、原告が近畿地方を中心に営業活動を行うためには、原告と被告間でなお詰めるべき諸要素を残していたが、それ以後、右提案の実現に向けての話合いは一度も行われなかったばかりか、原告及び被告の双方からその申入れもなく、右提案内容は結局実現するに至らなかったことが認められ、佐藤雄一作成の陳述書(<証拠略>)中の右認定に反する部分は、同人の証言とも矛盾する首尾一貫しないものであって、およそ措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告からの右提案内容は、原告及び被告の双方にとって極めて具体性、実現性に乏しいものであったということができるから、原告が被告の右提案に従う旨の意向を示したからといって、原告の固定給減額の確定的合意がされたと認めることはできず、したがって、被告の前記主張は採用することができない。

4  以上によれば、被告主張の抗弁(報酬変更の合意)はいずれも理由がないから、原告は、被告に対し、本件契約に基づき本来支給を受けるべき報酬額と現実に支給を受けた報酬額の差額の支払を求めることができ、平成四年二月支給分から同年四月支給分について各一〇万円、同年五月支給分から同年七月支給分までについて各一五万円の合計七五万円を請求することができる。

二  家賃立替金について

1  本件覚書中の「経費の負担」の項に「社宅の家賃は月額三万円会社が負担する。」と記載されていることは、前記のとおりであり、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告が、賃貸人に対し、本件マンションの家賃月額八万円を平成四年二月分から同年七月分まで支払ったことが認められ、本件条項に基づいて被告が毎月負担することになっていた家賃の一部三万円について、被告が、原告に対し、平成四年二月分から同年七月分までの六か月分合計金一八万円を支払っていないことは、当事者間に争いがない。

2  本件覚書中の「社宅の家賃は月額三万円会社が負担する。」との条項について、原告は、本件マンションを社宅扱いにするか否かにかかわらず、本件マンションの家賃の一部三万円を被告が負担する趣旨のものであると主張するのに対し、被告は、本件マンションの賃借人名義が個人に変更されて、本件マンションが「社宅」でなくなった場合にはその負担義務はなくなる趣旨のものであると主張する。

(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は、昭和五九年ヤンマーを定年で退社した後、八重洲駐車場株式会社を経て、被告取締役佐藤雄一の誘いにより平成二年七月被告に入社することになったが、原告の自宅が枚方市内にあるため、被告で勤務するには都内での住居が必要であったこと、そこで、原告は、右佐藤に相談を持ちかけ、高齢で単身である原告個人が賃借人となることについては賃貸人から難色を示されるかも知れない旨を話したところ、右佐藤は、社宅扱いにすることを提案し、本件マンションを被告名義で賃借することになったこと、更に、原告は、給与二〇万円の中から本件マンションの家賃八万円を支払うのではとても生活が困難である旨を述べたところ、右佐藤が、家賃のうち三万円を被告負担とすることを申し出て、本件条項の内容の合意がされたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実に基づいて考えてみると、本件マンションを被告名義で賃借したのは、高齢で単身である原告個人が賃借人となることについて賃貸人から難色を示される可能性があったことによるものであり、被告には本件マンションを被告名義で賃借することによって何ら利益を得るところはないから、「社宅の家賃は月額三万円会社が負担する。」との本件条項は、原告が被告に勤務するにあたって、経費となる住居費の一部を補助することに専らその眼目が置かれていたとみるべきであり、本件条項中の「社宅」の記載も、被告が負担すべき家賃の対象物件を特定するために便宜上そのような記載をしたにすぎないものと認めるのが相当である。してみると、本件条項は、本件マンションを社宅扱いにするか否かにかかわらず、原告が被告に勤務する限り、本件マンションの家賃の一部を被告が負担する趣旨のものと解するのが相当である。

更に、本件マンションの賃借人名義が被告から原告に変更された経緯をみてみると、(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、被告は、本件マンションの家賃、共益費として、原告の報酬からの天引分五万円と被告負担分三万円の合計八万円(ただし、消費税相当額は考慮の外におく。)を賃貸人に支払っていたが、平成三年一〇月以降右天引分を含めて滞納したため、賃貸人から本件マンションの明渡しを求められたこと、そのために、原告、被告及び賃貸人は、三者で協議したうえ、平成四年二月一九日、被告と賃貸人間の賃貸借契約を合意解約するとともに、原告と賃貸人間で従前と同一の条件であらためて賃貸借契約を締結したことが認められ、この認定に反する証拠はない。してみると、本件マンションの賃借人名義が被告から原告に変更されたのは、専ら被告が家賃を滞納したという事情によるのであるから、少なくとも右事実関係の下で、本件マンションの賃借人名義が被告から原告個人に変更されたことを理由にして本件条項に基づく被告の原告に対する家賃三万円の負担義務を否定することは、信義に反する行為をした者がそれによって不利益を免れるという不都合な結果を認めることとなり、民法一三〇条の趣旨にも反するものというべきである。したがって、被告の前記主張は、この点からみても採用することができない。

3  次に、被告は、原告の勤務実績が上がらなかったので、平成四年二月以前に、原告と被告間で本件条項により被告が負担していた本件マンションの家賃三万円を今後は負担しない旨の合意をしたと主張し、(人証略)は、これに沿うかのような証言をするが、同証言は、本件マンションの賃借人名義が被告から原告に変更された経緯及び同証言と反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らして措信することができないから、被告の右主張も採用しない。

4  以上によれば、原告は、被告に対し、本件条項に基づき、原告が賃貸人に支払った平成四年二月分から同年七月分までの家賃のうち被告負担分である毎月三万円の六ケ月分合計一八万円を請求することができる。

三  出張旅費について

1  成立に争いのない(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果(第二回)によれば、原告は、平成三年四月、大阪、加古川、福山、福岡に出張し、本件出張旅費(交通費及び宿泊代)六万〇八九八円を立て替えて支払ったことが認められる。

2  そこで、被告主張の弁済の抗弁について判断するに、被告は、右出張旅費の支払を証明するものとして、その支出を客観的に証明しうる帳簿等を提出せずに、(証拠略)の支払証明書のみを提出するが、右支払証明書は、その受領印欄に原告の押印がないことから、原告が被告に対し本件出張旅費を請求したことの証明とはなり得ても、被告が本件出張旅費を支払ったことを裏付ける客観的資料としては不十分というほかない。この点につき、出張旅費請求に係る、受領印欄に原告の押印がない(証拠略)の各支払証明書について、(人証略)は、右各支払証明書のように事後に出張旅費等を請求する場合には受領印欄に押印しない扱いになっていたと証言するが、(証拠略)及び原告本人尋問の結果(第二回)によれば、出張旅費請求に係る右各支払証明書の受領印欄に押印がないのは(ただし、<証拠略>は除く。)、同道した被告取締役佐藤雄一が原告の出張旅費の全額を立替支出したために、原告は、形式的に支出証明書を提出したものの、右各出張旅費を実際には受領していないことによるものであること、原告は、これまで被告から出張旅費を現実に受領した場合には支払証明書の受領印欄に必ず押印していたことが認められ、この事実に照らせば、(人証略)は措信することはできない。

そして、他に本件出張旅費の弁済の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、被告主張の抗弁(弁済)は理由がないから、原告は、被告に対し、本件出張旅費六万〇八九八円を請求することができる。

四  将棋免状料について

1  (証拠・人証略)(措信できない部分を除く。)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告は、平成二年当時輿水秘書から金融機関の紹介等でいろいろと便宜を受けていたこと、平成二年九月頃、株式会社サンルース社長室において、原告及び被告代表取締役瀧波勇、取締役佐藤雄一の三者が打合せをしていた際、右佐藤が、興水秘書に日本将棋連盟の三段免状を授与することを提案したこと、原告は、日本将棋連盟に対し、三段免状を同秘書に授与するように取り計らうことを承諾するとともに、免状授与の費用として将棋免状料四万五〇〇〇円及び推薦者への謝礼一万五〇〇〇円の合計六万円が必要である旨を説明したところ、右佐藤は、同秘書には日頃からお世話になっているから右費用は被告で負担する旨述べたことが認められ、(証拠略)の右認定に反する部分及び(人証略)は、原告本人尋問の結果に照らして、措信することができない。

右事実によれば、被告が、原告に対し、日本将棋連盟が興水秘書に三段免状を授与するように取り計らうことを依頼し、原告がこれを承諾したことが認められる。

なお、(人証略)は、興水秘書に対する将棋免状の授与は、原告が以前に勤務していた八重洲駐車場株式会社が同秘書に世話になったことへのお礼の趣旨であったかのような証言をするが、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、同会社が同秘書に世話になったのは、昭和六二年頃のことであって、本件免状授与の二年も前のことであることが認められるから、同秘書に対する将棋免状の授与がそのお礼の趣旨であったとは認められず、したがって、(人証略)は措信することができない。

2  (証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件依頼を履行し、これに基づいて、日本将棋連盟は、右興水に対し、三段免状を授与したこと、原告は、平成二年一一月六日、将棋免状料四万五〇〇〇円及び推薦者への謝礼一万五〇〇〇円の合計六万円を立替支出したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

3  右1及び2によれば、原告は、被告に対し、委任事務処理費用請求権に基づき、将棋免状料六万円を請求することができる。

五  以上によれば、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行宣言について民訴法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

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